城戸さんのABC
店の入口で足下に目を落とすと、実は手形が2つ並んでいることに気付く。1つは城戸さん、もう片方は娘・紀子さんのもの。店舗をリニューアルする際、記念に残したもので、コンクリートなのに、何だか温かい。創業の頃から奥さん、2人の娘さんに支えられてきたという城戸さん。この手形はそんな絆の象徴だ。
漫画家・うえやまとちさんの「クッキングパパ」の第1巻に登場するのが、何を隠そう名島亭だ。店の入口そばには、うえやまさんからのサインが飾られている。ちなみに、駐車場の看板に描かれたイラストは名島亭に通うファンによるもの。困っている城戸さんを見て、描いて来てくれたという。
城戸さんは以前、体調を崩し、2カ月店を休んだことがある。それをきっかけに「やりたいことをしよう」と決心。山に登るようになった。アジア、ヨーロッパ、アメリカと登山のために海外へと旅行するほど熱心だが、城戸さんが好むのは標高がそれほど高くない、いわゆる“低山”だ。「登ることが単純に楽しいけんね。エベレストやなくてもいいんよ」。頂点にはこだわらない。自分が楽しめるのが一番。そんな城戸さんの考えは、登山にも表れている。
36歳で店を構えた城戸さん。その店作りにおいて最も力を入れたのが厨房だ。すぐに分かるのは麺の茹で釜の高さ。一般的な店に比べるとかなり低い。こうすることで、麺上げの際の動きを最小限になるとともに、カウンター客との距離が近くなる。食器棚、テーブルの高さも微調整。修行で培った経験をもとに、随所に工夫を盛り込む。手を加えてない場所を探すほうが難しいくらいだ。
「失敗はマイナスじゃない」と城戸さんは言う。失敗をピラミッドのように積み上げていくことで、日々高みを目指してきた。失敗のエピソードは数えきれないほどあり、それをこれほど楽しそうに話す人も珍しい。「ラーメンだって毎回味が違ってもいい。今日の味が、自分の味。そうやって毎日、勝負してきたけんね」と城戸さんは笑った。その笑顔の後ろには、ライバルであり、仲間であるラーメン店主たちの存在がある。「一風堂の成美ちゃんもそう。ラーメンで語り合える仲間がいるからがんばれる。かけがえのない存在ですよ」。
仕込みを円滑にするために特注で四つ手仕様にした寸胴鍋をはじめ、城戸さんの身の回りにある道具もまた、厨房と同じように独自のカスタマイズがなされている。例えば、エプロン一つとっても、ちょうどカップが入るサイズに小分けされたポケットなど使い勝手が考慮されている。そのスピリッツは、後継者たちへもしっかりと伝わっている。